『東京人』ってどんな人?【新保信長】 連載「体験的雑誌クロニクル」27冊目
1986年の創刊から39年で500号。前回紹介した『太陽』は38年、482号で休刊したので、それを超えている。創刊編集長は、東京生まれ東京育ちで元『中央公論』編集長の粕谷一希氏だ。1991年のインタビュー(『SPY』5月号)で『東京人』という誌名について、粕谷氏は次のように語っている。
「僕個人はかなり以前から東京をテーマとした雑誌をやりたいと思ってたんですよ。その頃はまだ東京論とかがブームになる前だったから、実現しなかっただけで。ただ、『東京』っていうんじゃちょっと雑誌のタイトルとしては馴染まないし、だからって『江戸っ子』じゃねえ(笑)。それでニューヨークに『ニューヨーカー』って雑誌があるって聞いて、だったら東京は『東京人』だろうと思ったんです。ニューヨークはやっぱり文化的に非常に洗練されている。東京も、そんなふうに魅力のある都市になれないだろうか、と思ったことがひとつの動機です」
果たして、1992年10月号(創刊6周年記念特別号)にて「東京人とニューヨーカーが出会うとき」と題した特集が組まれ、『ニューヨーカー』編集長ロバート・ゴッドリーブ氏のインタビューが掲載される。「編集者の条件とは?」という問いに「まず、本を読むことが好きであることです」と答え、さらに「自分に確信をもっている一方、自我の強い主張がないという奇妙な組み合わせが、編集者には必要です」と述べている点には大きくうなずく。

一方、東京とニューヨークの違いについて述べた「現在の東京は、まさに『繁栄の市』とでも呼ぶべき状態にあり、そんな己の姿を自覚して、高い目的意識をもって皆が生きているように感じます。他方ニューヨークは、自分でももてあましぎみの手におえないような混沌のなかにあって、エネルギーだけは渦巻いているという感じがします」という言葉には隔世の感ありだ。バブルはすでに崩壊していたが、まだまだ日本が元気だった時代である。
前述のインタビューで粕谷氏は、こんなことも語っている。
「雑誌のスローガンとしては『都市を味わい、都市を批評し、都市をつくる』ということ。都市というのはある意味では国を越えるわけだよね。たとえば『東京人』っていう中には外国人だって入る。だけど『日本人』っていう場合、日本っていう国籍がなきゃいけない。都市がオープンソサエティであるのに対し、国家は閉じてるわけ。結局文化や文明は都市にある」
なるほど、「東京人」は人種や国籍を問わないのだ。オープンソサエティというのは都市の大きな魅力でもある。三十数年前のインタビューで、粕谷氏もすでに鬼籍に入られたが、排外主義がはびこる今だからこそ、この言葉をあらためて嚙み締めたい。
ちなみに、2023年に行われた第9回人口移動調査によれば、東京在住者のうち東京生まれは63.6%。つまり、36.4%は東京以外の出身者ということになるが、その人たちもまた「東京人」にほかならない。大阪出身の筆者も、大学進学で東京に来て40年以上が経つ。根っこは「大阪人」(実はそういうタイトルの雑誌もあったが2012年に休刊)のつもりではあるが、現実的にはもはや「東京人」の部分のほうが大きい。
にしても、東京も大阪も首長がアレなのは恥ずかしい限り。支持している人たちには申し訳ないが、次の選挙では違う結果になりますように……と、心から願っている。
文:新保信長

